研究概要
患者由来がん幹細胞スフェロイド培養
正常な臓器には、栄養の吸収や代謝、ホルモンの分泌など様々な役割を持つ細胞が含まれていますが、これらを生み出す元となる細胞を幹細胞といいます。がん細胞では正常な細胞が持つ役割のほとんどが失われていますが、やはり幹細胞とそれ以外の細胞という区別があり、幹細胞(がん幹細胞)だけが無限の増殖能力を持つと考えられています。
近年、手術や内視鏡検査(生検)によって取り出されたがん組織からがん幹細胞を生きた状態で分離して体外培養する技術が開発され、様々な研究が行われています。がん細胞はゼリー状の成分(培養基質)に包まれた状態で3次元方向に成長し、立体的な細胞の塊を形成します。これをオルガノイドまたはスフェロイドといいます。オルガノイドは複数のタイプの細胞で構成されており、ゼリーの中で生体内に近い複雑な構造を作りますが、スフェロイドはほぼ1種類の細胞だけで構成されており球体に近い形になります。本事業の代表機関である京都大学では2014年より手術で摘出した患者さんの検体から大腸がんおよび胃がん幹細胞スフェロイドの培養を行っており、これまでに大腸がんでは200人以上、胃がんでは50人以上の患者さんからがん幹細胞株を樹立しています。
新しい免疫組織化学法の開発
がんの個別化医療を目指して、診断や治療で得られたがん組織を詳しく分析する技術を開発しています。この技術は、従来の免疫組織化学の方法を発展させ、1枚の組織切片で12種類以上の免疫染色を施行し、 画像化して解析します。この技術を使うことで治療の効果と関係するがん細胞や免疫細胞の数、性質、分布を定量的に評価できるため、患者さん一人ひとりに最適な治療法を選ぶ個別化医療への貢献が期待されます。
患者さん自身のがん細胞を利用した「がん個別化医療」
近年、患者さん自身のがん細胞の遺伝子を調べてそれぞれのがんのタイプに合った抗がん剤を選択するがんパネル検査が開発され保険適用にもなりましたが、実際に治療薬の投与にまで進む患者さんは1割未満です。一方、患者さん自身のがん細胞を体外培養して抗がん剤の効き目を調べる薬剤感受性試験は、遺伝子検査よりも直接的に抗がん剤の効果を予測できることからがんパネル検査の代替手段として実用化が期待されています。しかし、実際の患者さんでの効果をどれだけ正確に予測できるかについては、薬剤ごとに臨床試験を行なって十分に検証する必要があります。また、患者さんごとに細胞を培養するため、時間と費用がかかることが懸念されます。
産学官が連携したがん個別化診断法の開発
患者さん自身のがん細胞を用いた個別化診断を一般的な医療サービスとして社会通念上妥当な価格で提供するためには、より簡単で低コストの培養技術と測定技術を開発する必要があります。しかしそのような研究は、大学等のアカデミアにとっては学術的新規性が低く企業にとってはリスクが高いため、積極的には進められていません。また、診断の作業工程には様々な技術的要素が含まれており、単独の企業で開発するのは困難です。さらに、信頼性の高い臨床試験を行うためには複数の病院が参加して多くの症例を集める必要があります。
そこで私たちは、日本医療研究開発機構(AMED)が実施する革新的医療技術研究開発推進事業(産学官共同型)(略称AIMGAIN)の支援を得て、複数の企業と複数のアカデミア(大学等)が連携したコンソーシアムを設立しました。本コンソーシアム(個別化医療開発コンソーシアム)は各企業およびアカデミアの得意とする分野を活かした研究開発により、患者さん自身の細胞を用いたがん個別化診断の社会実装を目指し、患者さんの生活の質(QOL)を高められるよう取り組みを進めます。
主な研究内容
- スフェロイド薬剤感受性試験による薬効予測性能の検証
- 血中循環がん細胞の分離法と培養法の開発
- 新規立体培養基質の開発
- 多重免疫染色による薬効予測診断法の開発